もやすみなさい ―研究の1日の終わりに

火炎、着火して伝播するものに興味があります

無題

今日は結局そこそこ安定して眠ることができた.それで朝も7時のアラーム以前に目が覚めてだらっと起きることができた.悪くない.体の調子はまだ引きずっているとは思うんだけれど,それでも昨日みたいな感じはなくなっているのでいいんだろう.こんな感じで復活していくのか,今日また調子が悪くなるのかはわからないけれどそれでもまあやってみることにしよう.ええと,納豆を食べたことがよかったのかもしれないし,空腹の時間が結構長めにとることをやっていた.それなりに空腹であることによって体が眠ろうとするのを助ける効果があるのかもしれない.学生の時は食生活が雑でも生きていけたけれど,それでも猛烈に眠かったことを覚えている.いつからだろうか,大学院に入ってからは昼間に眠くなるという事がほとんどなくなったのだが,それは結局自分のやりたいことをやっているからなんだろうか.特別やりたくないことに対して体を拘束されていると,唯一の反抗が眠ることになってしまうんだろう.自然とそれを実践していたらそれでいいんだろうな.わからないけれど.一応,この3年間くらいは内発的モチベーションで動けるようになってきたので,その意味では苦痛の少ない生き方ができるようになってきた.会社員を長く続けて外発的モチベーションに慣れてしまうと,それがなくなった時に結構しんどかったりするので,こんな風に一人で勝手に行う暮らしを準備する機関ができたのはよかったんだろうと思う.結構多くの人が外から押し付けられた仕事をこなすことを行う暮らしをやっているみたいで,何なら今どきの学生はその側面が強いんだろうか.そうとも言えないかもしれない.しかし,ゴリゴリに会社員をやって,仲間と飲み歩く暮らしをしていると内発的モチベーションを作っていく余裕がないんだろう.というかそもそも,おおくのひとは一人で行動するという事があんまり得意ではないという事はしばしばわかってきていて,その意味でも幼少期の孤独な経験が,今になって役に立ってきている気がする.当時も頭はおかしかったけれど今でもそうなんだろうか.中学生の頃の文集を読んでいたら,政治家になりそうな人ランキングの1番になっていたが,いったいどういうイメージだったんだろう.演説をぶちまけるような人間ではなかったし,鋭い指摘をできるような頭の切れもなかった.成績が無駄によかったのと,安易なキャラ設定の中で山崎豊子を読んでいたことが大きいんだろうとは思う.学校に図書館があって本当によかったんだろうと思う.あそこのおかげでたくさんの概念を収集することができた.二人の姉もどの道似たようなものだったんだろう.運動が得意ではなさそうだったし,小学校で運動が苦手な人たちの砦は図書館くらいしかなかったのではないか.わからないけれど.それで,図書館の中でひたすらピラミッドの秘密だとか子供向けの知識を与えてくれる本を摂取していたり,背伸びして青い鳥文庫の少年Hと次郎物語を読んだりしていたら,それが思ったよりも素晴らしくてびっくりしていたんだったっけ.ハリー・ポッターバーティミアスを読んだこともこれだけ分厚い本を読むことができるという自信にもなった.他にも何かあったと思うんだけれど,やっぱりもうすでに覚えていないのだ.中学校の図書館に代わって覚えていることは,漫画がたくさん仕入れられていて,ワンピースがすごい人気だったことだろうか.その中でブッダをよんで感動したことだったり,後は聖という病気の棋士を描いた漫画が好きだったことだろうか.中学生のころに強い影響を受けたのは先にも揚げた山崎豊子白い巨塔だし大地の子だったと思う.白と青のグラデーションがかかった背表紙に小さく白い巨塔と書かれた5巻がすごく封建的で荘厳な雰囲気を放っていて,それに引き付けられるようにして借りたんだと思う.結局白い巨塔を読み終えるのには半年くらいかかったのではないかと思うけれど,それでも感動しながら読むことができたのでよかった.髪を切りに行ってゆうきとかと話すんだけれど,どうやったら本を読めるようになるかという質問をされたりしてびっくりすることがある.僕にとっては息を吸うように摂取している本も,彼らにとっては特殊なスキルの一つであるという事に驚いたものだ.周囲の人を見ていてもやっぱり本を少なくとも10冊くらいは本棚に並べているし,それは当たり前にできることだと思っていたけれど,どうやらそういうわけではないみたいだ.いくつかのことを心配になりながら,それでもやっぱり仕方ないんだろうか.普通の人々も受験勉強の延長として本を読んでいたと思うんれど,受験勉強からもドロップアウトした人たちは本を読むというスキルを身に着けずに大人になることが多分にあるのだなという事について驚くばかりだろう.そしてそれでも,Youtubeの中のソフィストたちが流している言葉を集めていけばそれなりに知識人めいたことは言えるようになるので構わないんだろうか.准教授は小説を読む人だったけれど哲学書を読まないようだった.もう一人の准教授はあんまり本好きであるとは思えないし,教授の方は得体がしれないけれどやっぱり本を読んでいるとも思えないのだろうか.まあそれでもいいと思う.1次情報には劣るけれど,それでも2次情報として最も信ぴょう性がありまとまって咀嚼できるのが本だと思う.それは何というんだろうか.もちろん著者の意図のもとに1次情報からのゆがみは存在しているんだけれど,それもいくつかの本を手元に置いて比較しておいたらその差分で大体の感覚はわかる.動画やネットの記事についてはこの粒度がばらばらで横の比較が難しいことが難点で会って,そうだな,弁証法的なことが起こりづらいのではないかと思うんだけれど.動画の中では話し言葉ばかりで書き言葉が少ないので,自分から見てもあんまり固定化された知見であると認識していない.というか経験上話し言葉が矛盾していてもぬるっと理解できる能力があるし,それがないと会話をいちいち遮ることになって偏屈のレッテルをお張られてしまうだろう.しかし,書き言葉についてはそういうわけでもなくって,言葉が把持される時間が長くなっているので矛盾を明確に認識することができる.映画の中でもやっぱりぼーっとしていると矛盾している部分をたやすく見逃してしまうので,そこはそうなんだろう.小説を読んでいると異なるのかはわからないけれど.ふむ.それで何だったっけ.そうそう,Youtubeで解説記事を聞いているとすんなりと理解できるような気がするのは,話の中で矛盾を感知する能力があんまりないからではないかと思ったりする.もしくは権威のある話者が話していることによって説得力を持っているんだろうか.書き言葉を読んでいる限りでは自分の声で再生されるわけである程度権威をはぎ取ることが可能になる.もちろん文体によってその権威が強化されることもあるけれど.それでも本の中に適宜書き込みを加えながら進めていくと自分の言葉として再生することができるようになる.その時にはっきりと矛盾しているところを見つけてそれについて考えることができるんだろうけれど,Youtubeの中でさらさらと流れている動画の中でそれを見つけることは至難だし,動画に対しては書き込むことができないし後からたやすく見返すことができないので批評的な行為を行う事もずっと難しい.そんな風になっているみたいだ.わからないけれど.わからない.最近Youtubeを全然見ていないのでどんな動画が好まれているのかという感覚を失ってしまったんだろう.それは肯定されるべきことであるのかはわからない.流行を全く追う事ができなくなったという事はあんまりよくないのだろうけれど,そうでもないかもしれない.濱口の映画だったり,いくつかの分野についてはそれでもまだ流行を追えていないこともないのでよく評価されたものについては流行を追いながら,過去の知見をくみ上げることをやっておいたらどうとでもなりそうな気がする.というかほとんどのゲームはそのようにして攻略することができるようで,もちろんボードゲームだとか受験勉強だとかそういったレギュレーションが明確に作られている場合には別なんだろうけれど,過去の知見にアクセスする能力だけでそれなりのレベルにまで到達できる気がしているのはそうなんだろう.いいものを見つけて消化する能力とでもいうのだろうか.麦さんの発言からは得るものが多くてその中で気に入っている概念は掘るという事だ.何かしらのカテゴリを掘る能力がついたというか.技術であれ芸術であれ歴史であれ,何でもそうなんだけれど,自分の興味とアウトプットのイメージをもとに情報収集するという能力がほどほどについてきた気がする.それができるようになってきたのはVJやらなんやらを通していくつかのアウトプットを出せるようになってきたことのおかげではあるけれど,それ以前からも少しずつ行っていたのではないかという感じもある.もともとはなんだろう.大学時代に部活のPVを作ったことだっただろうか.中学と高校時代の美術の授業のおかげだろうか.中学の先生も高校の先生もけっこう面白い人たちだった.芸術家としての頭のおかしさと教員としての権力を持った環境の二つが奇妙に融合していて,ある程度抑圧的な振る舞いをしていたけれどそれでもやっぱり面白かった.中学の時の先生は,気さくで面白くてその割に時々めちゃくちゃ怒るという人だったと思う.怒っているイメージが強いのはヤンキーとの間で行っていたようにも思えるけれど,それはどうだかわからない.それで何だったっけ.覚えているのは木工細工をして印鑑ケースを作ったこととか,木炭画で石膏像を模写したこととかそんなことだったっけな.あとは1点透視図法とか基本的な概念を教わったのも美術の授業だったと思う.ブルーピリオドを見ていて,基礎的な内容の半分くらいは中学の美術の授業で教わっていたのだという事を気付いたものだ.そうだな,結構たくさんのことを美術の時間に行っていた気がするけれど,覚えているのはそれくらいなんだな.そして,高校の美術は1年目だけしかなかったんだけれど,その間はある程度の緊張感をもって過ごしていたのを覚えている.めちゃくちゃ怖い先生だという触れ込みだったけれど,怖いというか声と態度の大きい人だったと思う.あんな風に存在できるという事が驚きだったけれど,それでも今思い出してもパワハラとかルールに触れることは全く行っていなかったのでそういうものなんだろう.だいぶ無理をしていたとは思うんだけれどあれだけ元気で抑圧的な振る舞いをするとむしろルール上問題がないという事も面白い.えんぴつ画と油絵とボールペン画を書いていたと思うんだけれど,どれも結構面白かったと思う.やっぱり油絵が一番好きだったけれど,ボールペン画は自分の中から奇妙なものが出てくるのが面白かった.宇宙人とか不気味な絵をひたすらかいてしまう自分の特性を再発見したことにあるんだろうか.思い返せば小学生の頃の図工の時間にあっても,不気味なものを作ろうとしていたことを思い出す.その起源は何だったかといわれるとやっぱりわからなくって,もともとは面白いことをして人々の注目を集めようとしていたのが結局上手くいかずに,不気味なものの方にシフトしていったんだろうと思う.小学生の時にそこら辺の価値観の変化がぬるっと発生したようで,その明確な変化のタイミングは全然思い出せないのが何とも言えない.わからないけれど.今日は珍しくずっと過去の出来事を掘っているなあ.それはそれで悪くないんだけれど.この後は図書館に行って,フェデリコ・フェリーニの道を見ることにして,その後少しご飯を食べたのちにだらだらと計算のことで手を動かすことにしようと思う.それくらいしかやることもないような気がしているけれどどうなんだろうか.わからないけれどそれでもいいんだろうとは思ったりもする.わからないけれど.地味にレーザー計測を行うようになってきたのが少し楽しい.ちょっとかっこいい感じもしているのでそれは悪いことでもないんだろう.ビームダンパーが焼けないことはすごいことだなと思ったりしたがどうなのかしらん.