もやすみなさい ―研究の1日の終わりに

火炎、着火して伝播するものに興味があります

無題

昨日は食べ過ぎたが,そのおかげで少し精神が安定した気もする.時には食事のとりすぎで天手古舞になることも悪いことではない.劉さんがいつも,ストレスがたまった時には食事をとりすぎる方がいいと言っていたけれど,まさにそういう事だろう.昨日は劉さんのことでいくつかのことが持ち上がったけれど,そのことは結局彼女の中のレトリックが上手くいったとみておいた方がいいんだろうと思う.家族に深刻な問題が起こったという話だったけれど,それはそうなのかもしれないが,それにしては普段の生活の時の気分が明るすぎる感じもしていた.結局教授の引力を否定するのにそれだけの嘘をつかないといけない状態になっていたんだろう.あの人には強い引力がある.それが魅力なのか強制力なのかはわからないけれど,確かに何らかの磁場が働いている.おそらく林先生とか僕には存在していないものだろう.スティーブ・ジョブズには現実歪曲フィールドという特殊能力があったらしいが,人間関係の中でそういったものを持っている人というのは実際に存在する.微妙な振る舞いの中で自分がマウントをとれるように仕向ける人たちであるのだろう.その磁場が存在する以上,普通の人は居心地が悪くて逃げ出そうとするんだけれど.それで何だったっけ.まあ何とでもなるか.劉さんが逃げおおせたのはうれしく思うだけだろう.博士課程について辟易していたことはわかっていたし,研究に対する興味が底抜けにあるというわけでもなかったのはわかっていた.ちょうど就職活動の結果がわかるタイミングだったと思うし,それの結果が出て博士課程を辞退するために一芝居うったという風に見ることの方が適切であると思ったりもする.まあ,それはそれでいいと思うけれど.今度会ったときにカマをかけてみようか.いや,話がこじれたときに英語だと説明できないのでやめておくことにしよう.なんにせよ悲劇を減らすことができたことは僕としてはうれしいものだ.眠いかもしれない.ここにきてTinderでいくつかの連絡を取ったら,2つくらいの予定が入ったのでそれを回収することで時間をつぶそうと思う.3月は一応春休み気分で進めることにはしているので,それは別にいいんではないか.昨夜に見た夢の中で,佐古君から何で論文を書かないのかという事を問い詰められる夢を見ていた.そこで何と答えたんだっけ.何を計測したらいいのかわからないといったような気がする.忘れてしまったけれど.その時の僕の振る舞いは福田君のような状態になっていて,まったく情けない状態だった.しかしそういった事をしゃべらせる機会というのはこの状態ではいくらでもある.ほかに観測している博士課程の中で,オーバードクターになっている人を見ていると二通りいて,こんな理由があるので仕方ない・もしくは大丈夫だと去勢を張る人だったり,特に理由を述べずに悲しそうな顔をする人だったりいて,最近の僕は後者に属している.理由を説明することはできない.しいて言うなら論文を書けないからという事になるけれど,その奥には幾千の理由が会って,それは説明することができない.自分の中でも咀嚼しきれていない問であるし,問いかけるたびに不安定になるものである.それをほとんどすべての初対面の人から突き付けられることのやばさを思ったりもする.まあ別に学年なんてものは現実には存在していないのだから適当に嘘をついておいてもいいとは思う.修士の1年生ですとかそんなことを言っても,ばれて怒られることなんてほとんどない.そこらへんは適当にやっておくことにしたらいいんではないか.年齢も学年も適当にサバを読んでおいたらいい.それは存在しないのだから.おなか減った.めんどくさいけれどそんなことばかりやっているなあ.今日は特に書くことが無い.昨日それなりによく眠れたので,何ならまだ少し眠いので,頭の中にたまっている言葉もそんなに多くはない.教員や学生からのプレッシャーもほとんどない状態なので,そんなに気にする感じでもないなあ.まあどうでもいいんだろうけれど.今日はタイピングが終わったら大学図書館にアントニオーニの映画を見に行って,その後帰ってきて昼ご飯を食べた後に,京阪大津宮に行って喫煙所を探して散歩するらしい.やはり謎の規格になってしまったが,それくらいがちょうどいいんではないかと思ったりもする.程よい距離間で適当に過ごしていたらいいんだろうと思うけれど,まあまあだるい気分でもある.別にどうとでもなるだろう.書くことが無い.鳥の声が聞こえる.車の走る音もきちんと聞こえているのだ.足がこたつの赤外線を受けてあったかい.柔らかい光が窓の外から入ってくる.空には雲は少ない.この寮にいてそれなりにうるさい中で過ごしているという事をあんまり気づいてなかったんだなあという事を思う.車の騒音というものは結構人の暮らしを買えたのではないかと思ったりするがどうなんだろうか.実家にいる時はもっと大きく聞こえたけれど,それは遮る建物が無かったからだろうか.それともそれ以外の音が消えていたからだろうか.体の全体が重くて,それがちょうど心地いい.布団とこたつが引力を持っていて,そこに吸収されようとしていることがわかる.特にやらないといけないこともやるべきこともないまま生きていることの楽さを感じたりするけれど,それでもいいのだろうか.サンに香水を見に行きたいというラインをしてから返事がない.インスタでは元気にやっているみたいなので,向こうの気が向いたら返答が来るかもしれないし,来ないかもしれない.いつの間にか彼女もインフルエンサーになってきているみたいなので,もはや雲の上の人なのかもしれない.インフルエンサーとは何てくだらないものだろうか.現実に存在しているのは取るに足らないうつ病の女性であるのに,それに脚色を重ねてきれいに整えられた像を作るという事の恐ろしさを思うものだ.その果てに現実の女性を愛せなくなることのおかしさを思いながら,まあそれでもいいんだろうと思ったりもする.現実の女性の方が素晴らしく,そして一番憎らしいものだ.偶像を偶像であると理解しながらも,それをきちんと消化できることは健康にいいのかもしれない.まあわからないけれど.僕の中にはやはりすべての人の首の上に断頭台が掲げられているのが見えるし,その意味で偶像を否定する能力があるんだろうか.カリスマ性みたいなものについてはあんまりやられなくなってきているのだろうか.そんなことはないんだろうと思う.まあめんどくさいからいいんだろう.おなか減った.自分自身が政治的に偉いひとから気に入られるタイプの人間でないことはわかっている.むしろマッチョに政治をやっている人から煙たがられる存在であるのだろう.それはそれでいいんだろう.彼らの価値観をぶっ壊していきたいと思ったりするし,それでも同じような価値観の人の中にも上手くやれる人はいて,その人たちと一緒にへらへらやっていく方が楽しいと思うんだけれど.まあ,プラプラすることにしよう.あの人も28までバンドをやってから飛び込んだ後に,それなりに上手くやれることがわかったらしいので,僕も頭のおかしさを磨いていくことをそれなりにやっておいてどこかのタイミングで真っ当な道をハックしながら登ることも悪くないのかもしれない.しかしあの人の中にはそれなりに孤独があるように見えたけれどそれでいいんだろうか.ビジネスのために自分の在り方を完全にコントロールできる人というのはとても孤独だと思ってしまうけれど,実際そんなことはないのだろうか.imaiさんのようにいいものを作りながら友人と一緒に楽しめる人の方が素敵だと思うんだけれど,社会のピラミッドを登ろうとするとそういうわけにもいかないみたいだ.明るい道と暗い道のことが少し思い起こされる.そういった話ではなかったのかもしれないけれど,僕の中でその言葉が響いてしまっているのだ.土佐先生に学振PDの話でもしておこうか.どこかに適当な研究室があればそこに応募してみようかと思っているくらいの話をしておいて,それで適当に進めてみたらいいのかもしれない.わからないけれど.何とかしてパーマネントの仕事を見つけてもいいと思うし,そうでないのかもしれない.わからないけれど.僕にとっての明るい道は,大学の研究者としてパーマネントのポジションをとることであるとか,カキさんみたいにVJと芸術家としての注目を集めることだけれど,それらのどちらかに回収されることも違う気がしている.暗い道は本を読むことであるし映画を作ることだろうか.もしくはそうだな,有名になってその影響力でレバレッジをかけていくやり方ではなくって,地道に交友関係を広げていってその人たちと静かに楽しむあり方だろうか.大学の指導教員に器用貧乏にはならないようにと言われた寺尾沙穂のことを念頭に置いて話している.書籍を書くしリサーチをするしライブをするし,相互につながりあう事のないいくつかのことを行いながら生きている人のことをいいなあと思ったりもする.クラブで会う多くの人たちはそのようにして生きていて,会社員の生活と音楽家の生活を相互に行ったり来たりしながら,それらが好循環することもなく切り離されて生きているのも面白いものだ.そういう事なのではないかと思ったりするが,それはどうなのかわからない.この世界は名前と顔を売ることでてこの原理が働くことが多いけれど,それを使わないで中身で勝負するという事だろうか.それとも少し違う気がする.とにかく大事なことは有名にならないことだと思うし,一つのことに集中しないことだと思う.准教授が研究とビリヤードに集中していることを思い出すが,あんな風に生きることも悪くないのだろう.研究だって人生を賭けるほどに価値のあるものではない.それ一つを行っているだけでは視野狭窄に陥ってダメなのではないか.別にそれは自分が強くなるかどうかという事ではなくて,自分がそうでありたいと思える状態ではないのではないかと思う事にある.ふむ.結局30まではプラプラすると言っていたけれど,30を過ぎても相変わらずプラプラすることになりそうな気がした.寺尾沙穂の本でも読み漁ってみようかしら.ほかに誰か参考にしていた人がいたんだっけ.山中俊治の会社を辞めてからの話はあんまり聞くことが無くって,そこで独立した後にどんなことをやっていたのかといわれるとわからないままだ.何なら独立して会社を興してもいいと言えばいいのだ.ライブ演出とWebデザインに関する何かだろうか.サイエンスに関して掘り下げることもやりたいけれど,それには京大図書館の卒業生カードがあったらそれで完璧にはなる.欲しい論文があったら先生か髭に頼んだらいいし,その中で写真家だったりいくつかの仕事をやりながら考えてみることにしようか.ライブ演出と映像制作.それを自然科学のツールを使いながら進めてみることにしたらそれなりに面白いのではないかと思ったりもする.MUTEKの東京での展示がそれなりによかったみたいなので,チームラボ的な方法以外のデジタルアートがそれなりに伸びてきていることはわかるのだろうか.一応そういった会社が存在しているという事は僕らでもどうとでもなるという事である.それに僕がサークルを作って大学とのつながりを残しておくことができれば,それだけで圧倒的な優位性になることは確かではなかろうか.京都にいてそのサークルとのつながりをほどほどに維持していったらそれでいいんでは.それだけで一人分の暮らしは確保できそうな気がする.森さんとのつながりも保っておいたらそれでどうにかなりそうな感じがする.ビジネスをやるのには悪くないのかもしれない.もちろん,ここで活動するからには政治的なものが存在するべきだろうと思うけれどそれがどうなるのかはわからない.まあ,適当に進めておくことにして後のことは知らない.二つのことを同時にやるべきであるだろうから,後は適当に進めることにしよう.知らんけれどまあどうにかなるだろう.うむ.森さんの周辺にいたら適当に仕事が降ってくるのは間違いないし,それなりに自由にやらせてくれるのは確かだ.