もやすみなさい ―研究の1日の終わりに

火炎、着火して伝播するものに興味があります

無題

今朝は自動記述をする時間がなかったので今から書き始めることにしよう.朝と夜に両方自動記述をするようになったのが,今度は朝ができなくなってきて夜に帰ってきたらやるような習慣になりかけている.今は夜に家に帰ってからやらないといけないと思っていることもほとんどないので,自動記述をするのは自然なことではある.12月いっぱいは映像に関する用事もないので家で映像を作ることはしばらくお休みするかもしれない.研究のCanteraのコーディングが少し楽しくなっているので,そちらにシフトして家での作業時間を構成しようかなと思っている.今日は寮の一番大きな飲み会の日なので結構うるさくなるだろうなと思っていたら案外そんなことはなくって,中庭にはほとんど人がいないのでその声も聞こえてくることは無い.いつもと同じようにピアノの音が厳かに響いていて,飲み会の喧騒の中で引かれているとは思えないのが面白い.シャワーを浴びに行くついでにちらりと除いた感じでは相変わらず僕の知り合いはほとんどいないようでよく食堂で目にする人々が相変わらず雑談しているのを目にする.領内での仕事とかでの横のつながりにきちんと顔を出していたら何かしら知り合いができているはずなのだけれど,ここ最近ほとんどすべての部会に出席することもなくなってしまったので特に誰かとあいさつすることもない.そういえば今日の出来事の中でも知り合いはほとんどいなくて,新しく入ってきた人くらいしか目にすることもなかったな.チャイがうまい.少しだけ冷えてきたように思えるので,早めに飲んでしまった方がいいかな.この土日は先週くらいにはほとんど予定がないのではあるが,明日のメトロに行こうとか明後日のTDSWのチュートリアルを受けようとか,若干のリマインドは存在するけれどほとんど何もない.やることは一応あって,研究室に行って改造したマスフローを使用して燃やしてみることをやろうと思っているのだけれど,そのためにどれくらい手を動かせるかどうかは未知数だったりする.とりあえず音に合わせて炎が動いていたら見た目が微妙だったとしても許してもらえないこともないだろう.記事の内容として重要なのはマスフローのコントロールに至るまで出会ってほとんどは電気工作の内容になるのでそこはすで匂えているのだから新規性としては十分にあるはずだ.たとえ成果物が微妙だったとしてもそれはそれとして一応記事としてはどうにかなると思っている.多分無視されるとは思うけれど,それでも自由に記事を書くことができるという事はそれなりに楽しい.最近Qiitaの記事をこまごまと書くようにしているのだけれど,だいたい15分くらいあればそれなりにまとめることができて自分もうれしいしたまにいいねをつけてもらえるともっと嬉しくなるのでほとんどポジティブフィードバックである感じもする.このタイピング活動でネット上に自分の言葉を垂れ流すという行為に対して全く抵抗がなくなってきているという事も多分記事の執筆に対してプラスに働いているのだと思う.この延長として論文執筆も気楽にできるようになったらいいなと思うのだけれど,多分それはそうなっていると思う.一瞬論文執筆を再開したときにも自分の書きたい言葉を捕まえるのが結構上手になっているようで,完成度はともかくとして何かしらの文章を書き連ねることができていたと思う.それをひたすら続けていたら猛烈なスピードで論文を執筆できるようになっているのではないかと思うけれど,それはまだわからない.もともと森博嗣が異常なスピードで小説を執筆できるという能力のことを聞いて小説を執筆する能力と論文を執筆する能力には近しいものがあるのではないかと思ったことがこの活動の端緒ではある.それはどうやら当たっているようで,自分の中の論理空間の中で可能な組み合わせを確認しながら作り上げていくという行為はおそらく論文執筆であろうとも,フィクションの小説を執筆する活動であろうとも共通するものなんだろうな.数式をこねるといった行為に関してはまた別なものが必要になるような気がするけれど,そしてグラフの結果を開設する行為もちょっと違う気がする.頭の中にグラフを完全に再現することはできないので,もしできるとしたら妄想でグラフの内容を解説する文章を書いて,あとからその文章とグラフを交互に確認することで修正していくといったところか.こんな書き方をしたら一度書き上げた主張が途中で破綻していることに気づいてしまいそうな気がするけれど,それはその時に修正するしかないのだろうか.今日はあんまり書くことが無いんだろうな.そして爪が伸びているみたいで,タイピングの時に爪がキーボードにあたる音がしてちょっと気持ち悪い.少しだけ吐き気がしているような気もしている.同居人がレンジでチンしたなにかをのぞき込んでじっと固まっているのが結構怖いのだけれど,おそらく相手の方も一心不乱に休むことなくタイピングを続ける僕に対して恐怖を感じているのかもしれない.他人と相対しているときに,黙ってタイピングを続けている相手というのはいったいどれほど不気味なものだろうか.昔そんなキャラが漫画の中で登場していたような気がするけれど,書いている内容がきちんと吹き出しに登場して相手に伝わっていたので問題なかったようではある.そして飲み会の歓声が少しだけ聞こえてきたので少しだけ不穏な気分にもなる.それ以外はおおむね静かな,いつも通りに落ち着いた夜であるが,昼間にあんな風な大騒ぎをしていたのに世界というものは懐が深いものだ.そしてクローゼットの中からフライパンを取り出した同居人は足元におかれた調味料の詰まった箱からチャーハンのもとを取り出して,冷蔵庫を物色.手近なところにあったソーセージをポケットに放り込んでまな板と一緒にキッチンに運ぶ.ドアを出ていくときにはドアを閉め忘れることもいつもの通りである.ぶっ殺したい.注意しない自分が悪いのかもしれないが察しが悪いことについて僕にはどうしようもないと思ってしまう.そして中庭から声が聞こえ始める.飲み会の残党が中庭にも進出し始めたようだ.そして今日の北野さんのことを思って,やっぱり彼女は天才だなと思ったけれど,その彼女からの態度が微妙な感じになったことについて動画を撮ったことについて何か思っているのだろうかと思ったりもする.まあ,もともと僕も少し距離を置こうと思っていたところだったのでこれでよかったのかもしれない.あの子によって僕がつぶされる前に落ち着けたらいいんじゃないか.僕自身もあの子のことを心から応援していたわけではなくって,目立つための道具みたいに思っていたところもなかったわけではないと思うので,距離が開くのは悪いことではないのではないかと思って自分を慰める.それにしても今日の自分には女性を求める感情が無いなと思ったりするが,その中でも女性のイデアを求めているようなところがあるようなので具体的な女性を愛することができなくなっているなと思ったりもした.北野さんみたいな特異な女性に関しては抽象的な女性というか,僕の目指すところの女性のイデアは平均値としてのモノではなくって,女性とは全く違う形とか振る舞いをしている者のような気がしていて,その意味では一般的な女性像から外れていればいるほど喜んでしまっているような感じは否めない.そもそも昔の恋人との関係の中で,女性の中に潜む女性ではない部分だったのだろうか.いやそれは男性としての自分との関係性の中で生まれた女性そのものとしてのコミュニケーションだったのだろうけれど,その中に一般的女性との異質性を感じていたのかもしれない.いずれにせよ一般の女性から恋人という立ち位置に変化することで垣間見ることができる別の側面に対して僕は多分郷愁を感じているのだけれど,同時にその恋人の幹事を普通に存在している女性の中に見出すことができないでいるのは間違いない.女性が恋人に変化するのだという事を信じることができていないようなので,その意味で女性と恋人関係になるという事が出来ずにいて,その欲求がくじかれたままになっているのが今の僕であるような気がする.そうそう,最近の悩みというか疑問なのだけれど,どうして僕は恋人がいない状態が平気なのだろうかという事を常々考えていて,その理由として女性と恋人の違いについてうじうじと煮詰めたりしているのだ.結局チャイは冷めてしまって,ざらざらとした粉の感触が下に残る甘ったるい汁になってしまっている.気に入っている女の子はいるけれど,その子が恋人になるという事があんまり想像できない.恋人になるという事がよく理解できないのだ.かつてのあの子はどうしてあんな風にふるまえたのだろうか.どうして一人の女性とあれだけの時間飽きもせずに一緒にいられたのかどうかが疑問に思える.大した情報を交換することもなく,愛情を示しあうだけで時間が過ぎていった時間のことを思う.そのために多少の出費の増加もあったし,そのことを苦しく思う事よりも喜びの方が上回っていたような気もする.出費が増えるという事に夜のだろうか,それとも拘束時間が増えるという事なのだろうか.一つだけ言えることは,何かを作っているときには性欲も愛情を求める気持ちも吹っ飛んでいるので,その時には恋人がほしいという感情を完全に無視してしまえるという事だ.理系の悪いところかもしれない.研究において,知識を構築したりモノを作ったり,コードを書いたりしていると,恋愛に関する欲求を全て無効化できるほど気持ちよくなってしまっているのだ.そのことによって僕らは精神のバランスをとるので,むしろ恋人の存在によってバランスが壊れて息苦しくなってしまわないかどうかが少し心配しているのかもしれない.同居人が帰ってきてドアを全開にして去っていくのは相変わらずで本当にぶっ殺したくなるのだけれど.家族と一緒に暮らすという事に僕は向いていないなと思うのだけれどどうしようか.せめて会話をするような関係を持てていたらもう少し違うのかもしれないけれど.利害関係をもう少し改善する必要があるのかもしれないとは思うのだけれど,そんなことに時間をかけるのもめんどくさいので早く退寮してくれないかなと思うばかりだ.せめて談話室にこもってくれる人だったら良かったのに部屋にずっといるのは勘弁してほしい.さっさと恋人でも作って別の家に行ってくれたらいいのにと思うのだけれど,そうは上手くいきそうにもない.なんせ材料専攻でマクドナルドでアルバイトしているような人なので,まるで過去の自分を見ているようなものだけれど,絶対に持てないタイプであると確信できる.さらにはLineのアイコンが仲良しグループの集合写真で,しかもその中でお調子者ポジションだったりとかクールキャラのポジションにいるわけではなくって,端っこの方で間抜けな顔をして中腰になっている.どんな神経をしていたら個人Lineのアイコンを集合写真にできるのかわからないが,自分がその「イケてる」グループの中に所属しているという事に対してアイデンティティを感じているのだろうか.そうだとしたら相当痛くはあるのだけれど.ああ,柄にもなくしょうもない愚痴を書き連ねてしまったけれど,これが自分の家族に対する感情の抱き方なのだと思う.姉であるとか親とのあいだで常々お互いを貶めあってきたところがあるので,その延長として現在の同居人に対してもディスを抱えてしまうのは何とも直したいところなのだが.キリスト教徒のように告解する場があったらその場がここであるのかもしれないけれど,なかなか上手くはいかないな.そんなこんなで書くこともなくなってきたが後200文字書いたらサンの返事を確認して,複製技術時代の芸術でも読んでいよう.多分サンからの返答は好ましいものではない気がする,というか僕がそう望んでいるのだが,一番理想的なのはメトロに行くのは気分が載らないのでご飯だけ行こうというものだけれどどうなっているだろうか.一番悲しいのは返事がそもそも帰ってきていないときだけど,それはそれでいいか.明日メトロには多分行く.行こうと思って当日の夜になると行く気が全くなくなることが多くあるので保証はできないけれど.