もやすみなさい ―研究の1日の終わりに

火炎、着火して伝播するものに興味があります

無題

朝起きて特に何も抱えていないことをうれしく思う.昨日の夜から今朝にかけて,少しだけお金をどうしようという事を考えたりしていたのだとは思うのだけれど,それ自体は楽しい活動で,なぜなら未来の可能性について考えていることだから.ほとんど悩みというものが無い状態でふらふらと,起きたい時間に起きて,起きたら自分のやりたいし健康にもいいし気分もよくなる自動記述を始められる.大学に行っても午前中は特別忙しい雰囲気もない中でコードを読んだり,工作をしたりして時間をつぶして,午後からは直属の学部生の面倒を見ていたらそれなりに忙しい雰囲気の中で過ぎていって,帰宅して食事を作ってからの時間は一人穏やかにタイピングをしたり本を読んだりする.映像を作ってもいいのだけれど,今は特別差し迫った用事もないことではあるし,アドベントカレンダーまでの期間はそれをすると頭が痛くなりそうなのでいったん休止したらいいんじゃないかしら.昨日の夜にはCanteraをTDの中で利用する方法を考えたりしたけれど,特別面白い絵も浮かんでこなかったのでやめてしまった.僕の方法論の一つである物理演算のパラメータをほかのパラメータに移植するという行為で着火の履歴を使用してみたらいいんじゃないかと思ったけれど,指数関数的に変化するので人間の直感からは急に現れたように見えてびっくりするだけになってしまう.対数をとって使用すればまあ使えないこともないとは思うのだけれど,それだったらマウスでポチポチして作った関数とほとんど変わらないのではないかと思って,あんまりやる意味も見いだせていない.今日は朝からタイプの速度というか,滑らかにタイプできるのは頭の中にいろいろなゴミがそんなにたまっていないからなのだろう.論文リマインドもほとんど入らないが,小説リマインドが少しだけ入ってきている.これが強くなりすぎると吐き気がするようになってくるので注意しなければならない.僕のいいところだった,やらないといけないことについてきちんと意識することができるという部分は,これまでどうせ上手くいくだろうというナルシズムというか失敗しても大丈夫だろうという安心感に支えられていたのだけれど,それが若干崩れた今となっては逆に行き過ぎたリマインド機能によって手を動かすことができなくなりがちなのは逆説的ではある.このリマインド機能を停止させる方法について,適度に身に着けといたほうがいいとは思うのだけれど.多分,普通の会社員の人たちにとってはそれは飲酒であったり何らかの娯楽に出かける事なのだろうけれど,僕にとってそれは何なのだろうか.工作であると言ったらそうなのかもしれないけれど,工作自体がその負荷を生み出しているときにはまた別の逃げ道を持っておかないといけないような気もする.それは恋愛だったりするのかもしれないけれど.さてさて,今日は何をしようと思っているのかと言ったら,大学に行って昨日のArduinoの続きを使用と思っているのだった.昨日変える前にはやる気満々だった感じだったんだけれど,朝起きてみるともう後ろ向きな感情が芽生えてきている感じすらある.まあそれでも手を動かし始めたらそれなりに楽しくなってくるのだけれど,そこに至るまでちゃんと動き始められるかが少し心配ではあって,あさ居室についたときにコーヒーを飲み始めると同時に,寺尾沙穂の曲を聴き始めるだろうし,そうこうしているうちに12時近い時間になってほかの学生が現れ始める時間になっているので,ご飯に行こうと言い出し始めるかもしれない.そうなると多分作業しないので,理想はコーヒーを淹れる前に作業を始めることかもしれないのだけれど,それはいささか不満ではある.コーヒーに依存している.おっと,書くことが無くなってしまった.寮の同じ部屋の学生がクローゼットでやたらぱりぱり言わせているなとおもったら,寮のイベントでみんなが購入していたスタジャンが,新品のままで袋に包まれていたからみたいだ.もうほとんど終わりに近づいている中でいまだに開封していなかったらもう使いどころがないのではないかと思うのだけれど,どうするのだろうか.彼のことを観察しているとそれなりに突っ込みどころがあって面白い.ダンベルを買ったみたいなのだけれど,一度も使っているのを見たことが無いし,そのプレートの部分は早くもベッドの下で眠ってしまっている.教養みたいになっている畳のスペースに置けたらいいのだろうけれど,僕がそれなりに抑圧しているせいでそれもできていないのだろう.そういえば,共用スペースはほとんど僕が管理している感じがある.多少服とかカバンとかが乱雑におかれることは許容しているけれど,追加で家具を置くなどといった行為が発生する見込みは全くないような状態になっている.彼がダンベルを置ける場所と言ったらせいぜい,自分のベッドの上か机の上か足元くらいになっていて,既に乱雑に散らかっている状態でそれを置くのは結構考えにくい.大洋がいる部屋みたいに部屋の中心がほとんど使われていないようなじょうたいだったら,占有して自由に使いまくることができたんだろうけれど,こんな風に部屋の構図ができている状態においてはそれも難しいのだろうなと思う.最近ではもう一人の同居人ですらこたつに入っていることを確認していないのだけれど,まあもともと談話室の住人だったことだしそんなに問題視する必要もないか.火鍋を食べたいなと思っているのだけれど,そう,この同居人との関係が最近では微妙な感じになっているせいで部屋で開催することに対して二の足を踏んでしまう感じになっているのが煩わしい.開催したとしても誰を呼ぼうという話ではあるが,まあ僕の周辺のコミュニティと言ったらこの前に天橋立に出かけたときの人々と追加で同じ部屋の人を読んだりしていたら終わるのだろうか.そこら辺の人たちが一か所に集まった時に何をしゃべっているのかちょっとわからないけれど.僕の周辺の人々はそれなりに癖が強いのだけれど,その癖をそれなりに暖かく眺めることが僕の楽しみではある.ただ,癖が強い人同士が同じ場所にいるとそれなりに衝突することがあるので,彼らを一堂に集めてもなんか険悪な雰囲気になったりするので結構注意が必要である.この前も少し書いた生物学とは,自分のことをマジョリティだと思っているので他の個性的な人を抑圧しようとするし,他の個性的な人たちについてもなんやらよくわからない会話を始めるのでそれはそれで面白い.マイノリティだと思っているマイノリティはそれなりに他人に対して寛容ではあるのだけれど,マジョリティだと思っているマイノリティは結構手が付けられない感じにはなっている.せめて自覚をもって寛容になってほしいとは思うのだけれど,どうしたものだろうか.自分が抑圧しているのと同じ方法で,自分が抑圧されているという事にもう少し自覚的であってほしいと思うのだけれど.そうこうしているうちに同居人が帰ってきて,多分シャワーを浴びていたのだろう.そして髭を剃って,身なりをそれなりに整えたら講義に出発するのかと思ったら出発しない.そういえば今日は水曜日なので明日はあの子と一緒の授業であるな.それなりに楽しみな感じもあるが,今週に限ってはなんだか気分というか欲求が落ち着いていて,その予定が持っていた異質な手触りがあんまり感じられなくなってきている.多分その影響を与えたのは,浮気している話を聞いていた時に別の女の子が発した「あの子は明るいメンヘラ」であるという発言だったんだろう.今まであの子のことを結構変だと思っていたけれどいわゆるメンヘラであるとは思っていなかったのだった.言われてみたら確かにメンヘラというジャンルと共通する部分は無くは無くて,男女関係で頭を悩ませて一晩中眠れなかった理だとか,男性の好き嫌いについて全く一貫していなかったりだとか色々とその材料はあったのだけれど,いわゆるメンヘラ像とあんまり一致しているように思っていなかったので僕にはその言葉に対する驚きを抱いてしまった.ふーむ,あの子はメンヘラだったのか.メンヘラではないと思っていた理由には,ほとんど束縛するような行為をしないし,一見すると情緒が安定しているように見える事だったりする.それに恋愛関係に対して固執しようとするよりも,どちらかというと距離を取ろうとしているところはあるし,何なら恋愛自体をメタ的に考察しようという知的な興味も持っていると思っていたのだけれど.まあ,メンヘラというのは一つのレッテル張りでしかないので,そんな言葉で代表できるはずもないだろう.あの子の現実の在り方はどうしようもなくあの子特有のものであるはずであるし,小説家が言っていたように特異な存在である.もちろん僕にとっても特異な存在であったはずなのだけれど,それがメンヘラというデータベースに還元されてしまったときに,その子の後ろに何前何万ものコピーが見えてきてしまったという事があるのではないかと思う.僕はいつも,女性がコピーされているという事に対して忌避する感情があって,その子が得意であるという事を確信できるまではあんまりやる気が出ない.もちろん見た目とか振る舞いの良しあしによってそれなりにかかわる頻度は変わってくるのだけれど,それでも限界があって,僕が愛することのできるのはありふれていない女性になってしまっている.ある意味で予測できないような出力を返すような特異な女性について魅力を感じる.あの歌い手についてもほとんどその延長での愛情を感じているみたいで,彼女がどうしようもなくマジョリティに還元することができないことに対してセクシャリティを感じているみたいだ.一つしかないものに対して性的興奮を覚えるというよくわからない嗜好を持っているみたいで,これにも多分横文字の名前がついているのだろうとは思うけれど,そのことを思うとそれなりに自分が高ぶっていることを感じる.一つしか存在しないものに対する興奮はおそらく,これまで工場などで量産されてきたものをそれなりに見てきた事だったりだとか,プラとニズムに対する反動みたいなところはあるのだろうけれど,イデアの反対に外れ値に対して愛情を持ってしまうということはあり得るのだろうか.外れ値に対して特別さであるとかよい概念をくっつけることができるのだろうか.そういう風に考えると,最近のマイノリティへの権利拡大の流れであるとかは,プラとニズムの転覆の過程であるという見方もできないことは無いのではないかと思えてくるものだ.感じることが不可能なコピー元のイデアが素晴らしいという価値観から,コピーの失敗であって現実に存在している外れ値を愛することに対しての価値の転換.それはまるで工場で機能を満たすことが無くって廃棄されるワークに対して高値を付けるようなものだけれど.話がどこから出発してどこに行こうとしているのかもうわからなくなってきてしまった.自動記述のいいところではあるけれど.朝から特に何も頭の中に蓄えていない状態から,よくこれだけ乱雑なことを書くことができたんだと思う.そういえば昨日眠りにつく前に,とりあえず合同会社だけは設立してみようかなという事を思い立ったり模したものだ.お金を稼ぐ手段はともかくとして,会社設立の事務作業を経験しておくことも悪いことではあるまい.そんな感じで,今屋号にしようかなと思っている単語があって,その言葉が会社名として使われているんだろうかという事を調べてみたら存在していて少しがっかりした.しかも設立が2018年と新しくって,VR関係のお仕事を受注する会社であるみたいだった.まあ,そんなの気にせずに,どうせ取り組む仕事の内容もそんなに一致しないだろうし,株式会社と合同会社で一応違うのだから訴訟されることもないだろうという安直な考えのもとで会社を設立しようかなと思うようになった.10万円をポンと渡されて,会社を設立することほど面白い買い物は無いんじゃなかろうか.そんな感じなので僕は結構乗り気であって,適当に誰かにあった時に話してみようとは思うけれど,どんな反応を受けるだろうか.鶴田とか髭とか後は誰だろう,適当に話を広げていったら面白いんじゃないかな.まあ本当は個人事業主から始めた方がいいのかもしれないけれど.