もやすみなさい ―研究の1日の終わりに

火炎、着火して伝播するものに興味があります

無題

今週は何ともいえない閉塞感に頭がやられそうになっている.大体理由はわかっていて,閉塞感があるという事は解放されていてもいいのではないかという可能性を感じているからだったりはする.寮のイベントとかで人々が楽しんでいる事だったり,アプリで人と会えるかもしれないという事が可能性として視界の中にちらついて,そのせいで浮足立ってこんな考え方になっているのだと思う.むしろどこか山の中にこもって,一人で長時間過ごしていればそういった感情も雑念として排斥することができるのだろう.その感情を排斥することが正しいことだとは思わないけれど,こんな風な閉塞感にさいなまれていることはそこそこ不愉快なので,どうにか落ち着けたいとは思っている.今日は3時まで特にやることが無くって,3時からチュートリアルをみる予定だ.昨日の試合でヤクルトが勝ってしまったので,今日行く予定だった日本シリーズの第7戦がなくなって暇になってしまった.それはそれで悪いことではないと思っているのだけれど,そうやって暇になってしまうと誰かと会いたいなという感情がわいてしまって困る.一人で粛々と過ごすことが難しくなっているとは感じているのだけれど.昔は図書館に行って調べものをしたり,研究室に行ったりしていたらそんなに不愉快な感じもなく過ごすことができたのだけれど,今はそれが難しい.本当に難しいのかは微妙だけれど,やっぱり作ることへの情熱がなくなってしまったこととか,コロナでの不可能性がほとんど解体されてしまったことによって,誰かと会ったり何かイベントに出かけたりするという期待を持たざるを得ない状態にいるんだろうとは思う.イベントに対する感度が全くなくなってしまったこともそれなりに問題ではあって,普通に情報を収集している限りでは土地のイベントに出会うことができないことを悲しく思う.たまに森さんとかから連絡が来て,それ自体しょうもないイベントなのだけれど誘われるとうれしくて出かけてしまうものだ.自分からイベントを作ろうという事は最近特に思えなくなってしまったのだけれど,それをどうにかしたほうがいいのだろうか.いやそれも難しいなと思う.大阪のJouleに行ってみたいと思うのだけれど,一人で行ってもよくわからない感じになるので,クラブをめぐる友達が欲しいなと思う.特にもう一人がDJか何かをしていてくれたら,そのつながりで会話できないこともないだろうから悪くないとは思うのだけれど.かおるんとかについていったらいいのかもしれないけれど,そんな感じになるのか微妙だなとは思う.何となく自分の中の女性を回避したい気分,というか女性と安易にかかわらない自分が好きであるという事情からそんな気分になっている.いや,どちらかというと,女性に自分からかかわるという事が,美意識の中で相当抵抗を覚えているらしい.昨日の高校の同期との飲み会の後にも,ピカデリー梅田に行ったけれど,その中でナンパばかりを使用としている同期に対して全くかかわろうという気分が起きなかった.それは多分,女性とかかわらない自分が好きなんだろうと思ったものだ.声をかけることができないというわけではないのだけれど,声をかけない自分が好きなんだと思った.というか,理由のないところに自分の都合で割り言って話しかけるのはいささか不自然というか,美しくない,みたいなキモイ感情がつねにあって,それなりに必然性をもって親しくならないとそういった関係になれないのではないかと思い始めていた.特に今は性欲がほとんど感じられなくなっているので,その状態では目的ありきのかかわり方はできないかな.偶発性が必要になっているみたいで,自分の自分の意思があまりに反映されてしまうとむしろげんなりしてしまう.多分ナンパ師にとっては女性からの反応のよしあしが偶発性みたいなものだろうけれど,それを楽しむのは何か違うみたいだ.もう一つは自分の読んでいる小節の中に,ナンパする男がほとんどいないので,そういったやり取りの引き出しを持っていないことにもよるんだろう.引き出しが存在しなくても試行錯誤していたら作り出すことはできるんだけれど,そもそも引き出しが無いとそれを使用という気すら起きないのが自分の悪いところなのだろうか.女性の前で成り行きでは無くて何か行動を起こすときにはいつも,その前に台本をチェックしているような気がする.その台本が自分の中で不自然だったりすると却下されて,演じることができない.あの子との関係の中でもいつくかのことを言おうと思うのだが,脚本を作っているうちにおかしな点を見つけてはそれを進めることができなくなってしまったりする.むしろ,事前にうだうだと準備していた脚本は状況が整うとそれなりに演じることができて,それは上手くいったりいかなかったりする.例えばクラブで女の子に声をかけるといったことは,どうにも脚本を作ることができない.多分だけれど,自分が話しかけた後の相手の行動の振れ幅が恐ろしく大きいので,その意味で脚本を作れないのだろうと思う.いや振れ幅なんて本当はそれほどなくって,経験を積めばそれなりに予想できるようになるのかもしれないけれど,自分にはそれができない.予想できない脚本を演じることができない.即興演劇はちょっとまだ早いかなと思っている.なんだったっけ.もともと言おうと思っていたことは自分の中にそういった脚本を持っていないので,何も演じることができないという事だったのだろうか.その意味では複数人での会話が発生したときに何もしゃべれなくなるという現象に関しても,脚本を作ることができないという事に起因しているのかもしれない.飴屋さんの小説ではところどころで自分語りと恋人たちの会話と,それを放り投げたくなってきている作者の言葉が混ざっていたと思うのだけれど,そういった書き方であれば僕にもできないことは無いのかもしれない.しかし,あの人は劇団の脚本もそれなりに書いていた気がするのだけれど,それだけできても,というかあの脚本はあの人の頭の中からすべてが出てきたわけではなくって,あの高校生たちの言葉を切り貼りしていった結果として生まれていったのではなかっただろうか.しかしながら,劇団の脚本を作るという事がどれだけ大変であるかは僕にはよくわからないな.演劇にかかわる時期が欲しいと思ったものだけれど,そのためには大洋と一緒に何かやってみたらいいのだろうか.自分が演じてみたりしたら何か頭の中にひらめいたりするかもしれないのだけれど.東大の芥さんみたいな人がかかわった演劇がどんなものであるのか気になる.東京グランギニョルとかダムタイプとか既に有名になってしまった演劇の中にいくつか見たいものがあるのだけれど,今現役で上演している者の中にもそういった素晴らしい集団がいるのではないかと思うのだけれどなかなか見つけることができない.劇団ヨーロッパ企画とかがいい線言っているのかもしれないけれど,思想的な意味でとがった劇団を見つけたいと思うのだけれどこれが難しいのだろうか.そもそも大学の劇団ですらあんまり見たことが無いのでそこに対する感度が低いことについて反省したほうがいいようなきもする.演劇コミュニティはやっぱりロマンがあって,そこに対して映像とか照明関係の演出を通して何かできたら表現としてよりよくなっていくのではないかと思うのだけれど,それにはもう少し体力と社交性が必要になるよなと思っている.だらだらと書いていたら3000文字まで到達してしまった.今日は大洋が部屋にいない代わりにもう一人の同居人が寝ているのであんまりうるさくできないな.お昼ご飯を食べたら研究室にでも出かけて,Canteraのコードを読み解いたりしながら,TDSWのチュートリアルが始まるのを待ってみようか.それとも今日も部屋で過ごすことをにして,お昼の後に少し四条あたりまで出かけて時間をつぶしてみようかしら.今日は寮の企画が街中で行われたりしているみたいなので,それとバッティングしたらめんどくさいなとは思いながら,だからといって何か不都合があるわけでもないのでまあいいかと思う.昔は三条のスタバで本を読んでドヤ顔をするという意味不明な自己満足をやったりしたのだけれど,今となっては全くやる気が起きないものだ.まあ,この数か月で髪の色とか木屋町での活動とか,いろいろとアイデンティティが揺らぐようなことがあったので,そういった指向性が失われていったことも不思議ではないとは思うけれど.三条あたりの商店街をうろつくのも悪くないかもしれない.帰りにはいつものように業務スーパーで何かを購入しようかしら.そこら辺をうろうろしていたらそれなりに時間を潰せたりするので,まあまあ楽しんだらいいんじゃないかしら.最近興味のあることについて丸善で調べたりしてもいいだろうし.そうそう,Houdiniに手を出したいような気がしていたのは,BlackFridayでいろいろなソフトが安くなっていることを知ったからだったかしら.そういえば昨日はLookDev勉強会があったはずなんだけれど,いつも予定がかぶって出席できないままになっていることがもったいないなと思ってはいる.本職ではない自分が出席していいのかどうかよくわからないけれど多分大丈夫だろう.まあそれはそれとして,商店街に行くことを想像するといつもワクワクはするのだけれど,実際に行くと特にやることが無いなという事を発見してげんなりしがちではある.何かお店の当てを作って出かけておいた方がいいのだろうけれど,特に興味のあることなんてあっただろうか.あるとすれば服のこととか楽器のこととかで,映像のことについてはオフラインで出会う事はほとんどないので何とも言えない.あとはスポーツもほとんどやらないし,雑貨を集める趣味もないし,せいぜい絵画だったり古本だったりを見てしまうくらいしかやることは無い.食べ物については一番興味が持てないことが難点だったりするのだけれどどうしようか.知っているギャラリーをいくつか探索してみようか.ギャラリーに行ったところで何か持って帰ることもないのでそれなら美術館にでもいってネタを探してみたらいいのではないかと思うのだけれど.そんなこといっていたら何にもできなくなりそうな気しかしない.やっぱり一人でうろうろすることの限界があるなと思う.誰かと一緒に出掛ければお互いの興味の中間地点で発見があるだろうしごはんやコーヒーをどこかで摂取しないといけないのでそれなりにお金を使うのだけれど一人で過ごしてしまうとなかなかそうはいかない.なんかの本でアーティストデートとかいって自分の中のアーティストとデートする時間を作れみたいな子をを言っていたと思うけれど,それが意味するところはこれだと思う.一人で過ごすことの振れ幅の少なさとか偶発性のなさについてもやもやするのはずっとそうだな.あの子を誘ってどこかに行ってみてもいいとは思うのだけれど,どうにもそんな気分ではないみたいで,ある程度金銭的に大胆になっている気分と,セクシャルな欲求の高まりが無いと連絡を取ろうという気分にすらならないという事が現状だなと思う.こういった自分の中の傾向のせいで,継続的に誰かと関係を築くことが難しくなっていることは否めないのだけれど,それはそれとしてどうにかやっていくしかないのだろうな.今日は本当に鼻水がうっとおしい日だ.昨日おとといの寒気にやられたのだろうか.部屋の中のほこりに反応しているのだろうか.さっさとタイピングをやめてしまいたいような気もするのだけれど,そういうわけにもいかない.そういえばMRIの連絡が返ってきたが,どうやら受けられそうである.昔手術したときに埋め込んだチタンのボルトのことについて心配していたのだけれど,以前にMRIを受けたことがあるはずなので大丈夫みたいだ.気になるのは,確認のために母親にボルトの材質を聞いたときに,金属なんて埋めていないという事を言われたことだ.いやいやそんなはずはなくって,骨に筋肉の筋を埋め込んでいるはずなのだから何かしら機械式の締結をしているはずで,そのために何かを埋め込んでいるはずだし,その後取り外すための手術をした覚えもないのだから埋まりっぱなしであるはずである.しかしながらあれだけ強く否定されると自分でも怪しくなる.そしてMRIを受けたときの記憶もあいまいで,どこかの病院の紹介で阪大病院前のMIクリニックとかいうところでMRIを受けたのだけれど,その経緯はほとんど忘れてしまった.後頭部のとがりを確認しようとしたのだろうかと思うのだけれど,どうにもそうではなかった気がする.自分の過去がいかにあやふやな事ばかりで,体内のことですら十分に把握できていないことについて不思議な気分になっている.