もやすみなさい ―研究の1日の終わりに

火炎、着火して伝播するものに興味があります

実験からは抽象化した学びを

のは自分のスキルの向上に全然つながっていないように思えるからなのではないか。

機械学習やプログラミング、光学などにはいきおい手をつけられるけれど、実験となると何かが邪魔して動けなくなってしまう。

未来が不確実な見通せない物を形にしていく時、とても体力を消耗する。

実験装置の構築過程自体を抽象化して、別の過程に応用できるようにしよう。アイデアのプランニングから設計と先生との折衝、モノを発注して届いた後の構築過程、プロトタイプを用いた実験とグローバルな探索、再設計と構築、および狙いを絞ったパラメータ選定、実際の運用。

それぞれになんらかの学びがあるはずなので、それをできる限り言葉にしていく事が重要。

作業が出来るようになった事

作業が手につくようになって困る。難解な本も読めるし、実験装置も組めるし、他人の依頼もすぐにこなせる。むしろ直ぐにこなさないといけないし、作業をせずに何もしない時間を確保する事が難しい。そして作業をしながらも絶えず未来の事を考えてしまう。そして日記を書かないといけないほど考えが浮かんで来るわけではない。その反動で人との会話をたくさん求めてしまう。

いったん研究室に残るというスタンスを取る

知っているアーティストのオンラインでのトークイベントを見て、自分にはとても及ばぬ生き方だと思い逆に楽になったような気がする。そしてその会話を聞いている間お腹の下の方でもやもやとした物が込み上げてくる。2年後に何をしているのかわからないという事が、統合失調的な未来の先取りによって、今すぐに一人で食べていけるようにならないといけないような感じがしてくる。未来が宙ぶらりんだとヤバい。決めないでおいた事はわざとやっている節があったのだけれど、これが治療の妨げになっている可能性が高いのでとりあえずのスタンスを決める事にする。とりあえず2年後卒業したらアカデミアに就職する。そのために自分の論文を書くし実験も進める。持ち前の時間管理で研究時間を普通に確保する。その間映像はあくまで趣味として継続して、面白い人と出会えたらラッキー。基本は程よく苦労できる対象を求めているという事を忘れずに生きていく事。あとは鬱になって全てが無意味という状態を回避できるように注意する事。

精神を病まない程度に心地よい苦労を

昨日鴨川を走っているときにふと思った。走る事が心地よいのはどこかにたどり着く事が目的ではなくて、心地よい苦労をしている事にあったのだという事に気がついた。岩が転がり落ちると分かっていても押し上げ続けるように、無意味だと分かっていても苦労の中に希望を見出す事。それが今の自分にとって最善の生き方なのでは無いか。鬱になる前の自分はその事を分かっていた。分かっていながらも何かを成し遂げることも同時に求めていた。今は成し遂げる事への希望をきちんと失い、心地よい苦痛を、日々の発見を糧として生きていく事を志向する気分になっている。だから卒業もするし映像も作る。それが無意味と分かっていてもなお。

精神科で増幅された無意識の波

今朝の診療で躁転の恐れが無くなった事を告げられた。そして躁を抑えるために飲んでいたセレネースアキネトンを飲まなくて良い事になった。これで、この3日ほど苦しめられてきていた鬱、実は薬の効果で発生しただけらしい、が無くなるとのこと。この状態がずっと続くように思っていた自分には、救いの言葉だった。

精神科に通い出して薬を飲み始めてから、自分の体調と薬の変化で作業へのモチベーションが目まぐるしく変わってしまう。むしろ通う以前の安定していた状態に戻してしまいたいが、それは無理なのだろう。以前は自分の特質は安定して凡打を出せることだと思ってきた。しかしこれほどまでに変化を繰り返す波のような無意識に、考えを改めさせらている。波の振幅が弱くなっていけば、安定した作業が出来るようになるのだろうか。今は定型発達の中に帰って行きたい気持ちが強い。

数えきれないほどのもの達への恐怖

京都精華大学の卒展に行ってきた。造形物や映像、アニメ、漫画の、商業の場とほとんど変わらないクオリティのものが余りにもたくさん展示されていた。そしてそれらに対して恐怖を感じた。沢山のコピーが作られていって、その多くが何の評価も受けずに消えていく。その事が自分の作っている物と組み合わさって少し悲しくなった。

女神ではなく隠れ家としての恋愛対象

懸案事項だったEちゃんとの散策が良い形で終わった。ここ3日ぐらい、開催形式の変更や当日のイメージ構築のために不安定になっていたが、合流してしまえば即興で距離感を縮める事が全然できた。即興の間は意識がかなり絞られていて、頭の中で考えをまとめる余裕がない。ほとんど無意識の案内で会話や行動を進めていった。この即興の楽しみ方は、性欲に隠れているが、女の子と遊ぶ時の楽しさの一つであるように思う。

また遊ぼうという約束をして別れた。これが恋愛関係に深まっていくかは自分次第だとも思う。女性との関係はいつも能動的にしか進められなかった。次に誘うのが昼のカフェか、夜のワインバルかで答えは変わってきそう。高い確率でカフェを選びそうだけれど。

昼に会う女性とは恋愛関係に移行できる気がしない。かといって禁酒している自分が居酒屋に誘う動機が少ない。居酒屋ではない夜の食事どころを見つける事なのだろうか。でも今はそんなに気持ちが盛り上がっていない。

実際に喋ってみると普通な部分が、他の女の子と変わらない部分がよく見えてしまって「女神」の状態が解けてしまったのかも知れない。その方が急に告白するような愚行を回避できて良い。

Eちゃんは普通の女の子だった。そして飛び抜けて可愛いわけではない。その点では以前の恋人やKさんの方が女神として役割にうまくハマっていた。ただし遭遇する確率と性格の近縁さについては2人よりもずっと高い。女神ではなく隠れ家として必要としている気配はある。隠れ家は性欲を必ずしも必要としない。

ただ、このような隠れ家的な女性との付き合い方をしていくと、恋愛関係へのジャンプの仕方や動機を忘れてしまいそうになっている。そこはやはり向こうから協力を得なければ多分ダメで、自分の力で左右しすぎるものでは無いのかもと思いつつ、婚期を逃して不安定な解に流れていきそうな気がして少し不安にもなる。